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他人のテンションを上げたい人間・裸野O様がいろいろ考えるブログ 

『紙の月』を読んで女性のむなしさについて考えた

流行っているということで『紙の月』(角田光代著・ハルキ文庫)を読んだ。

話のつくりは非常にシンプル。ネタバレだが、箇条書きすると

1:子供に恵まれなかった主婦・梅澤梨花は支配的な感性を持った夫との暮らしやこれといって目標のない日々に空しさをおぼえ、銀行へパートに出る(のちに契約社員に出世)。

2:銀行の顧客の孫・大学生の光太と恋仲に。

3:銀行のカネを横領し、光太に貢ぐ。

4:いよいよ足が着きそうになったのでタイへ逃亡する。

という、ストーリーである。

 

基本的には、主人公・梅澤梨花の心情描写と行動描写でハナシが進んでいくのだが、味付けとして学生時代の同級生・岡崎木綿子(子持ちの主婦、ケチケチ生活を送っている)と、料理教室で知り合った友人・中條亜紀(元主婦で出版社勤務のキャリアウーマン型女性。浪費が原因で離婚経験あり。1人娘は夫の元にいる)、元恋人・山田和貴(会社員。没落したもののお金のある家庭で育った妻・牧子にカネのことでなじられてイヤンになって会社の後輩と不倫中)、それぞれの視点から語られる主人公・梨花という人間の人物像が語られる。さらに、それぞれの生活が非常にリアルに描写されており、特に女性の場合「あるある」感を楽しめるだろうと思う。

 

 とにかく、出てくる人全員がむなしさを抱えていて、そのむなしさの感じがまさに現代的だなと思った。

 といっても、このむなしさが現代だけのものなのか、それとも昔からあるものなのか、生きてきた年数が短いので自分にはちょっとよくわからない。

 個人的は、現代って女性にいちおうの選択肢を与えはしたが、答え(明確なゴール)は用意されていないって感じがするんだよね。だから、むなしさを感じるんじゃないかなぁ。

 

 瀬戸内晴美(寂聴)とか戦前生まれの作家の30代、40代のころの小説を読んでいて思うのは、昔は女性が働くとか、恋愛するだとか、今となっては当たり前のことが当たり前ではなく、憧れの対象であったということだ。戦前生まれには、恋愛経験がないまま親の選んだ人と若くして結婚し子供を産んだ女がたくさんいる。だから、自分が選択権も金銭を稼ぐような能力も、何ひとつ持ってないことが当たり前であったし、持たないことに大きな不満を抱くことも、もしかしたら少なかったのではないかと思うのだ。今ほど情報過多じゃないから、「持っている人」の存在を知ることもなかっただろうし。周りが皆、何も持ってないなら、自分が手ぶらで生きていることも当たり前だと納得できただろう。

戦後なんて、みんなが貧しくて、貧しいことが当然で、でも、日本はどんどん復興していき、未来には常に希望があったのだと思う。戦前生まれや戦後間もなく誕生した人々が、いくら生活に追われ、子育てに奮闘し、苦しむことがあっても、その先には明るい予感があって、それって幸福なことだったのかもしれないよな、と思う。ま、そんなこといっても、日本の女性の人生は、今のほうが100倍自由で豊かで楽しいのだとは思うけれど。何もかも手に入るかもしれないというイメージだけあって、その実、すべてを手に入れることなんて並大抵ではないという現代は、もしかしたら大量のむなしい気持ちを生み出しているのかもしれないなぁ~。

 

 いろいろな捉え方のできる小説だとは思うのだけれど、女性の自立を描いたハナシとしても読むことができて、ある意味、角田光代フェミニズム魂が炸裂しているなあとも感じさせられた。