読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サーバが見つかりません

他人のテンションを上げたい人間・裸野O様がいろいろ考えるブログ 

貧困女子と仕事と愛

貧乏・・・貧乏・・・涙の貧乏・・・
この歌、平成生まれにはわかんねーだろーなぁ~。

ラブユー貧乏


オレたちひょうきん族 ラブユー貧乏 - YouTube

まぁ、いい。

貧困女子なんて言葉があるんだね。貧困男子もいるとは思うが、やっぱり女子をネタにした方がいろいろ食いつきがいいのだろうか。ま、とにもかくにも貧困女子の話題。

昨年後半から数ヶ月、諸事情によりほぼ無職で暮らすことになり、バリバリの貧困女子ライフを送った。月収10万円プラスαくらい。

で、実際にカネガネーゼな生活を送ってみて気付いたのは、別に困らないってこと。

まず、水道高熱費家賃などを支払い、そのあまりで生活をまわすわけだが、自分はさしてカネを使うタイプではないのでなんとでもなる。

たとえば、娯楽は
・読書はブックオフの100円本コーナーで十分
・情報収集はネットとラジオでok
電子書籍サイトをあされば無料で読める本も多い
・たまに友人とご飯。たまなら外食もok。本当にお金がないときは安いコーヒーショップでコーヒー飲みつつトークでもしておけばいい
・世の中には、安い飲食店がけっこういっぱいある。

貧困女子が増えているというより、貧困女子でも生きていける環境が整っているのだと思う、IN JAPAN.

かといって、貧困女子になることをすすめているわけではないのです。なぜなら、貧困女子の生き方をセレクトしちゃうと、愛にたどり着きにくい気がするから。やっぱ、楽で誰でもできるアルバイトを長くやるっていうのは人生&社会全体から見たら得策ではない気がするのです。

というのも、人は男も女も若者も子供もじじいもばばあも、全員が他人から愛され、誰かを愛することも本能的に欲しているわけじゃないっすか。

誰にでもできるイージーな仕事って、世間では軽んじられることが多く、人は、軽く扱われ続けていると、知らず知らずのうちに、傷つき続けてしまうのではないかなと思うのです。低賃金の仕事を本業にして生活し続けると、なんとなく自分の価値まで低いと思いこんでしまうような気がします。

仕事って本質的には誰かを愛したり愛されたりするためにするものなんじゃないあかって、私は思っているのです。

愛したり、愛されることって、誰かの役に立ったり、誰かを信じたり信じてもらったりすることなんじゃないかと思っていて。

アルバイトで任されるような単純作業では、なかなかその「愛」の領域までたどりつけない気がするのです。

ある程度の負荷をかけて、責任を持って仕事してこそ、人は愛の本質に近づけるように思うのです。

ということで、
1・貧困女子ライフはわりと楽勝で楽しい。
2・日本には貧困女子になる自由がある。
(これは、現在の日本においてならあらゆる挑戦が許されているし、たとえ失敗してもくいっぱぐれることはないということを意味している)
3・が、なにも進んで貧困女子になる必要はなかろう・・・。
4・人は愛し愛されたい生き物。仕事は愛に近づく手段。バイトでは、愛の領域にたどり着きにくい。
5・日本ってほんとええ国やで・・・